PA(SR)の仕事説明

PAとは何たるかを知る

PAと一口に言っても、“ライブでミキサーをいじる人”といった漠然としたイメージしか持っていない人も多いのではないだろうか?
ここではPAについての超基本的な知識を紹介しつつ、PAエンジニアという職業を研究していこう。

PAってなに?
 そもそもPAとは、“パブリック・アドレス(Public Address)”の略で、“大衆に拡声する”という意味です。
すなわち、声にしても楽器にしても、小さい音を拡声して大勢の人々に聴かせることです。身近な例で言うと、
街頭で行っている選挙演説もPAに入ります。ちなみに昨今では、機材やシステムのクオリティが大変良くなり、
聴く人の要求も高いものになってきました。そこで、小さい音を大きくするだけじゃなく、良い音、良いバランスで聞かせることが要求されてきています。
それに伴い呼び方もPAからSR(Sound Reinforcement=音響補力)と変わってきています。しかし基本はPAなのです。
最近では、そのことを忘れているPAエンジニアも少なくありません。

レコーディング・エンジニアとどう違うの?
 PAエンジニアとレコーディング・エンジニアの一番の違いは、“やり直しがきかない”ということです。
もちろん最近ではライブ・レコーディングという作業もありますが、基本的にはPAの場合、
やり直しのきかない1回きりの現場のセッティングから行います。それに対してレコーディング・エンジニアは、
1つの作品を完成させるために環境や機材(システム)に妥協せず、時間の許す限りサウンドを追求して作品を作ります。
どちらにしても、ミュージシャンのプレイをミキシングして作品を作ることに違いは無いのですが、1回1回にすべてを賭けるか、
1つの作品にすべてを賭けるかという点において、全く違う分野になっていると言えます。

いっぱいスタッフがいるけど役割分担は?
 中〜大規模の会場ではライブPAを1人のエンジニアが行うことはまずありません。役割を分担してチームで作業を行っているのです。
PAスタッフは、チーフ、モニター、ステージに大別できます。それぞれ説明していきましょう。
●チーフ
 文字通り音響チームの頭であり代表であり、一般的にはハウス・エンジニア(お客さんに聴かせる音量をミキシングする人。
メイン・エンジニアとも言います)を務める人のことです。規模の大きなコンサート会場等では、チーフは全体の監視、管理を行い、
別のスタッフがハウス・エンジニアを担当することもあります。
●モニター
 ステージ上の各ミュージシャンが自分たちの演奏を確認しながらプレイできるよう、
モニター・スピーカーやミキサー(P87「PA機材について」欄参照)のオペレーションを行うスタッフです。
最近のほとんどのコンサートは、ステージ上のバンド(楽器)のミキシングを、
ハウス・エンジニアと、モニター・エンジニアとで分業してオペレーションを行います。なので、
モニター・エンジニアは、通常のハウス・エンジニアとは少し違い、ミュージシャンが演奏しやすいように、
それぞれの好みやバランスを気にしながらオペレーションを行わなければなりません。
もちろん作業場所もハウス・ミキサーとは違い、ミュージシャンとのコミュニケーションが取りやすく、
かつ客席から目立たないところにセットします。通常は舞台そでです。“縁の下の力持ち”的なエンジニアであり、ミュージシャンの一員でもある存在です。
●ステージ
 業界では“二番手”とか言われている存在で、言葉悪く言うと“下っ端”“駆け出し”等、通常の会社で言うならば平社員ですね。
しかし、だからといって、だれにでもでき、いい加減にやれば良いと思ったら大間違いで、現在の大手PA会社の代表の人も、
ビッグ・コンサートを手掛けているエンジニアも、こういう時代(下積み)を経験し、いろんな現場トラブルを回避して今日があるのです。
スーパー・エンジニアになるためには、必ず通らなければならない道です。役割はステージのケアで、
簡単な例を挙げますと、各楽器を集音するマイクを仕込み図(チーフがプランを立てた指示書)に従って用意し、
間違いの無いように結線します。ほかにもさまざまな仕事がありますが、
ステージ全般の音に関する物事をハウス・エンジニアやモニター・エンジニアとコミュニケーションを取りながら行っていく役割です。
●その他〜舞台監督
 なお、PAスタッフではないのですが、ライブ進行に欠かせない舞台監督にも触れておきましょう。通常
“ぶかん”とか“ぶたかん”と呼ばれているスタッフで、イベント、コンサート、式典等で欠かすことのできない役割を担う人です。
簡単に説明すると、各セクション(照明、音響、舞台美術、演出、進行等)の交通整理を行う人で、
自分のプラン通りに各セクションが問題なく円滑に作業を進め、問題が発生したときには軌道修正をする非常に重要な役割です。
コンサート(イベント)の成功は、“ぶかん”の腕1つに掛かっていると言っても良いでしょう。

PAエンジニアの形態
 PAエンジニアと言っても、PA会社所属の人間から、フリーランスで活動している人までその形態はさまざまです。代表的な3タイプを紹介しましょう。
●ライブ・ハウス所属
 一定のライブ・ハウス(ホールや公会堂等も同様)に専属として勤務するPAエンジニア。
特にライブ・ハウスはバンド演奏がメインで、ほとんど毎日音楽と共に生活していると言えるでしょう。
最近では、大規模ライブ・ハウス(スタンディングでキャパシティが1,000人以上のクラス)は、
PA会社が管理をしているところがほとんどです。ですから、ライブ・ハウス専属エンジニアも小・中規模のライブ・ハウス、
もしくはPA会社が管理する大型ライブ・ハウスの専属エンジニアという2つの形態に細分化することができます。
●PA会社所属
 世間で言う“PA屋さん”です。PA会社と言っても、ドーム、スタジアム、球場クラスのコンサート・ツアーを専門に行うところから、
百貨店の店頭でのイベントを行うような小回りの利くPA会社までさまざまで、規模やシステムにより全く違う世界と言えます。
PA会社を志望する際には、やはり自分にあった規模、アーティスト、メインで行っている業務内容を把握した上で
PA会社を選ぶことが大切です。


▲レコーディングの現場とは全く雰囲気の異なるライブPA。ライブを盛り上げるのもPAエンジニアの手腕に掛かっている
▲チーフばかりがクローズ・アップされがちだが、モニターやステージ・エンジニアも欠かせない存在
▲さまざまなミュージシャンたちと一緒に仕事ができるのもPAエンジニアの魅力の1つだ


●フリーランス
 どこのPA会社にも所属していないPAエンジニアのことです。フリー=自由という感じですが、どこにも所属していないということは、
どこからも保証されないと言うことです。仕事はもちろん、生活も保証されず、すべて自分1人で行わなければなりません。
“人の言うことを聞きたくない”“自分で選んだおいしい仕事だけしたいからフリーで生きていこう”なんて思っている人は、まず仕事が無いでしょう! 
今フリーでエンジニアを行っている人たちは、つらい下積み生活を体験し、自分を信頼して仕事を発注してくれるクライアントが大勢いて、
さらに自分の腕に絶対の自信を持っている人たちです。そして決して一匹狼なわけではなく、
自分が所有していない機材や労力はPA会社のサポートを受けて現場をこなしています。つまり周りと持ちつ持たれつの関係を保っているのです。

PAエンジニアの魅力
 次にPAエンジニアという職業の魅力に迫ってみましょう。まずこの職業の利点は、
いろいろな音楽やミュージシャンと仕事を通じて触れ合うことができる、と言うことです。
それにツアーともなれば、さまざまな場所や国に行くこともできますし、そこで場所や国によるPA方法の違いはもとより、文化の違いも体験できます。
 一方、あまり触れたくない部分ですが、世の中で言う“3K”(汚い、危険、苦しい)が当たり前の職業な割に、
決してバカもうけするわけでもなく(やり方次第では・・・・・?)、拘束時間も朝早くから深夜にまで及び、
事によっては徹夜での作業も多く、何日も家に帰れないことさえあります。しかしこのような状況でも、
現在第一線で活躍しているエンジニアの人たち(女性も含め)は、決してこれらを欠点だと思ってやっているわけではないということが言えます。
これからPAを目指す人々にとっては欠点なのかもしれませんが、みんなその部分を自分なりに利点に変える工夫をしているのです。


PAエンジニアになるには?
 PAエンジニアになる方法は幾らでもあると思います。PA会社に知り合いがいるなら、
バイトをしながら“いずれは社員”というパターンが一番手っ取り早いでしょう。でも、PA会社に知り合いを持つ人なんて実際そうはいないと思います。
そこで、技術、知識を学びながらPA会社へのコネクションを得るには、専門学校という手段は非常に良いと思います。
ただ、専門学校へ行けばだれでもPAエンジニアになれると思うのは、大きな間違いです(こんなこと言ったら専門学校の方に怒られてしまいますね)。
さらに授業料も決して安くありませんから、専門学校での経験を生かすも殺すも、要は本人次第ということです。
しかし、最近の専門学校の講師は、普段PAの仕事をしているエンジニアが授業を行う、非常勤講師制を採っているところが多いので、
業界と密接な関係があることは間違いありません。そういう意味では、業界に入る手立てとしては良い方法だと言えるでしょう。
 また違う方法として、4年制の大学へ行きながらPAエンジニアになる人もいます。最近の大学の音楽サークルには、
プロのPA会社に引けを取らないくらいのシステムを所有するところも少なくありません。
さらに、学園祭を自分たちのシステムだけで行える大学さえあります。そのような関係で、
在学中にPAの知識やPA会社とのコネクションを得て、アルバイトや手伝いから始める学生さんもいます。
 ほかにも、求人情報誌等を利用して業界に入り込む方法もありますが、単なるアルバイトで終わらないように気をつけなければなりません。
いずれにしても、“これなら絶対にPAエンジニアになれる”という方法はありません。
“エンジニアに必ずなるのだ”という気持ちと、人並み以上の努力が必要だと思います。

PAスタッフに求められる適性は?
 やはり、健康で明るく元気! そして、やる気がPAスタッフに求められると思います。
もちろん技術力や知識があるのに越したことはありませんが、初めのうちは、とにかく明るく元気なのが大切。
どんなにつらく大変な現場が続いても、次の日の現場の集合には遅れず元気に来れば、上司(先輩スタッフ、チーフ)の信頼も厚くなり、
また次の現場に呼んでもらえるでしょう。そうやって現場をたくさんこなすことが、知識や自信につながり、
自分の成長となっていくのです。そういう意味で、特別な適正は必要ありません。“健康で明るく元気”です。
これは、PAスタッフに限らずこの世界のすべてに言えることですね。


PA機材について
 ここではPAで使用する機材も簡単に紹介しておきましょう。大別すると以下のようになります。
●メイン・スピーカー
 ステージの両サイドにスタック(積み上げ)もしくは、フライング(つり下げ)して会場の隅々まで音を聴かせるものです。
PA機材で一番人々の目に触れるもので、それぞれのPA会社の“顔”とも言うべきものです。
●PAコンソール
 “ハウス・コンソール”“メイン・コンソール”とも言い、客席に聴かせるメイン・ミックスを行うコンソールです。
基本的にはステージにある1本1本のマイクで拾った音を各チャンネルに入力し、
そのチャンネル・フェーダーで全体のバランスを取ってメイン・スピーカーから音を出す装置です。
●モニター・スピーカー
 ミュージシャンの足元やステージの両サイドにステージの内側を向いて置かれているもので、
主にステージ上の各パートの音をミュージシャンたちにバランス良く聴かせて、演奏しやすくなるようにするためのスピーカーです。
あくまで演奏者用で、なるべく客席には聴こえないように設置します。
●モニター・コンソール
 PAコンソールに対して、モニター・コンソールは、ミュージシャンが自分たちの演奏をモニター・スピーカーで確認する際、
そのバランス調整を行うものです。形はほぼPAコンソールと同じですが、
複数のモニター・スピーカーにそれぞれ異なったバランスで音を送る設定をするためのツマミが非常に多い、という特徴が挙げられます。
●アウトボード
 通常PAコンソールの横に設置することが多く、ミックス時のサウンド調整に役立つ機材を、まとめて1つのラックに収めたもののことを言います。
決して1台の機材ではなく、メイン・システムに必要な機材や各PA会社によって、収納されるものが異なります。
一般的な例として、音質調整をするイコライザー、急激な音量の過大入力を制御するコンプ/リミッター、
マルチウェイ・システムのスピーカーに必要なチャンネル・ディバイダー(通称チャンデバ)、BGMを流すためのCDやMDプレーヤー等が、
使いやすいようにラックに収めてあります。


▲チーフになるための下積み時代には苦労も多いかもしれない。だが、現場を重ねることにより経験という果実が実を結ぶ
▲メイン・ミックスを行うPAブース。PAコンソールとアウトボードが見える。ここでミックスしたステージの音はメイン・スピーカーへと送られ、客席へ届く
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タイプ別にPAの内容を知る
PAについて学んだ後は、ライブ・ハウス、ホール・クラスというキャパシティ別に分けた2つの会場のPAを具体的に見ていこう。
当然、PAスタイルや担当するエンジニアの形態も異なってくるが、ここではライブ・ハウス=専属エンジニア、
ホール=PA会社所属エンジニアという典型的な例を挙げ、その仕事の模様に迫っていこう。

1ライブ・ハウス   ライブ・ハウスのPAシステム
 お店によってキャパシティに幅があり、さまざまなサイズ/タイプが存在するライブ・ハウス。基本的にPAは“小屋付き”と呼ばれる専属エンジニアが行い、
PA機材も備え付けのシステムを使用するようになっています。アウトプットは、モニター・システムも含め既に結線されていて、毎回取り外しをするのは、インプットのみです。
 このクラスのライブ・ハウスは、ハコの大きさとシステムに限界があるため、ある程度出演するバンドの音を制限します。
出演するバンドもあらかじめ下見をして、会場の広さや機材の確認をし、バンドのセッティング図と必要なマイクの数を伝え、それを元にエンジニアは、プランを考えるのです。
 中〜小規模のライブ・ハウスで使用されている一般的な機材の特徴を挙げておきましょう。
●メイン・ミキサー
 小さなハコではモニター・ミキサーも兼用している場合が多く、入力は24ch〜32chくらい。
出力はメイン・アウトに加え、モニター用の信号もメイン・ミキサーから返すため、AUXアウトがなるべく多い機種を必要とします。
8つのAUXアウトがあれば、6個のモニター送りに回して、残りの2個をエフェクト送りに使用できます。
●メイン・スピーカー
 ライブ・ハウスの大きさにもよりますが、やはりローエンドからハイエンドまでフラットに再生するシステムが必要です。
3ウェイ〜4ウェイのボックス・タイプのシステムであれば問題ありませんが、スタンド取り付けタイプのスピーカーの場合、
床に置くサブロー・ボックスを追加することも多いようです。
●モニター・スピーカー
 ステージの広さに制約があるので、なるべくコンパクトでよく聴こえるタイプが好まれます。これもハコの大きさによりますが、
一般的にドラム、ギター、ベース、そしてボーカル用に1つずつ、さらにスペースがあるところでは両サイドに1個ずつセットします。
●マイク
 いろいろなバンドが毎日入れ替わり立ち替わり出演するため、
特殊なマイクよりスタンダードで丈夫な物が選ばれることが多いです。



▲ライブ・ハウスの典型的なセッティング図


ライブ・ハウス専属エンジニアを密着取材!
女性のPAエンジニア志望者は特に参考にしてほしい。
12:00〜セッティング開始
 ライブ・ハウスのPAの特徴は、ほとんど機材の搬入が無いことだ。そのため、入り時間は少し遅め。
PAスタッフは、ハウス・エンジニアとモニター・エンジニア、ステージ・エンジニアの計3人。
「場合によってはステージ・エンジニア無しの2人で作業を進めることも多い」とのこと。
この後のチューニングやチェックに十分時間をかけるためにも、
それぞれが自分の仕事をテキパキこなして円滑にセッティングを終えることが最も重要なのだ。
楽器のセッティングが終わったら、ステージ・エンジニアが組み立てたマイクを配置していく。
モニター・エンジニアはモニター・スピーカーをミュージシャンの立ち位置に合わせて1つ1つ設置していく。
この間にハウス・エンジニアは卓のパッチに取りかかる。
「クアトロのようにステージが広いハコだと大所帯のバンドが出演することも多いので、パッチも気を使うところです」
 この日もキーボードやサックスなどを含む大所帯のバンドが出演するので、たくさんのケーブルを慎重に結線していく。


▲まだ何も無い会場。ステージの端にケーブル類やモニター・スピーカーがきちんとまとめて並べられて         
 いる。こういう細かいことも、仕込みをスムーズに運ばせるためのポイントだ
▲モニター・エンジニアはその日に自分が使用するモニターをステージに並べていく
▲ハウス・エンジニアは卓のパッチング。白のビニールテープに割り振ったパッチを書き込んでいく。この 
 女性が今日のハウス・エンジニアを務める宮崎さんだ
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12:30〜チューニング開始
 ステージのセッティングを終えると音出しを開始する。ハウス・エンジニアはマイクで声を出しながらハイ/ローのバランスをチェックしていく。
このときスピーカーからの鳴りをいろんな場所でチェックするのも忘れてはならないポイントだ。
 ちょうどこのころ照明さんが到着。照明のシュート(約1時間)が始まる。「照明さんのシュートしている間は待ち時間になるので、
その間に食事をとったり壊れたケーブルの修理をしたりしています」とのこと。待ち時間を利用してまめに機材のメインテナンスしていくことが良いハコ作りにつながるのだ。

▲マイクでハイ/ローのバランスをチェック。EQやコンプを駆使してバランスを取っていく
▲ステージ・エンジニアはセッティングしたマイクを次の回線チェックに備えて結線していく

13:30〜モニター回線チェック/スピーカー・チューニング
 照明のシュートが終わるとモニター・スピーカーのチェックが始まる。ステージ・エンジニアはそれぞれのモニター・スピーカーの前に立ち、
音が出ているかをチェックする。サイドのモニター・スピーカーはモニター・エンジニア自らマイクを持ってステージに立ち、
低い声から高い声、のどを鳴らすなどして自分の肉声で周波数を聴き分けていく。
 その後回線チェックでは、ケーブルやDIが生きているかをチェックする。ステージ上のマイクを1本ずつ慎重にチェックしていた。
ハウス・エンジニアはこの後スピーカーのチェックを行うためにCDをかけていたが、チェックに向いているCDは「上から下まで出ていて、聴き慣れているもの」だそうだ。

▲ステージ上のすべてのマイクをガリったり声を通して1本ずつチェックしていく
▲モニター・エンジニアがサイドのモニター・スピーカーから聴こえる自分の声を聴いて、ステージ・エンジ 
 ニアに調整を指示していく
▲ハウス・エンジニアはPAブースで各回線をチェック。音が出ないときにも原因を予測し、ステージ・エンジニアに的確に指示していく

14:10〜単音チェック/リハーサル
 バンドが会場入りし始め、リハーサルが始まる。バンドのセッティングが終わるとドラム〜ベース〜ギター〜鍵盤〜ボーカルの順に音を作っていく。
「リズム中心にバランスを取っていきたいので、ドラムから始めます。割とこの方法が一般的なようです」
 音決めが終わったら、モニター・エンジニアはボーカルのハウリング・ポイントを取っていく。ハウらないようにする秘けつは「ハウるポイントを切るか、
マイクとスピーカーの角度や位置で解消できることも多いので、それを自分たちで探ります」とのことだ。
 ハウス・エンジニアは本番を想定してのミキシングに余念がない。リハーサルのときにバンドごとにツマミの位置などを書き込んでいたのは
「バンドによって使用する楽器が違うため、アウトのレベルに差が出たりするのを書き込んでいます」。それぞれ手直しをして、本番に備える。

▲バンドごとに使用する楽器が違うために生じるレベル差などを書き込んでおく
▲途中、ヘッドフォンでもモニターするのは音色を確認したりノイズの原因を特定するため
▲単音チェック中、PAブースからの指示やトラブルに即座に対応するため、ステージ・エンジニアが常に 
 控えている
▲ディレイ・タイムを設定するタップ・スイッチ。「曲によってテンポは違うし、リハと本番でも違ったりす 
 るので、標準で使っています」とのこと
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タイプ別にPAの内容を知る

18:30〜開演
 会場がきれいに掃除され、各セクションの準備が整うと、いよいよ開場だ。ハウス・エンジニアは客入れのBGMを流す。
 客電が落ちると、本番がスタートする。ハウス・エンジニアは1音目に神経を集中させる。無事に曲が進み出しても、
出音の調整に忙しい。ここからがハウス・エンジニアの手腕の問われるところなのだ。

▲本番ではバンドの作りたい音を最大限に引き出すために、特に気になるところ以外は調整しない。しか  
 し、アクシデントに備えるため常に緊張感は保ったままだ

21:40〜本番終了・バラシ
 この日は4バンドが出演ということで3時間超の長丁場だった。客が退場すると、楽器をステージから下ろし、結線を外していく。
バラし終えた楽器やスタンドは手際よくステージ下の引き出しに収納されていく。
 その後、PAブースのバラシにかかり、卓を元の設定に戻していく。このときにスピーカーが飛んでいないかをチェックすることも重要なポイントだ。
 チェックを終えたらアンプと卓の電源を落として、コンサート終了。お疲れ様でした!

▲ケーブルはきれいに“8の字巻き”で巻かれていく。巻いたケーブルはまとめて舞台の端へ
▲本番終了後のみなさん。どうです、この笑顔!
▲本番終了後に再度スピーカーをチェックする。次の引き継ぎに問題点を残さないのがPAの鉄則だ

ライブ・ハウス専属エンジニアに聞く
自分で行動を起こすことと強い精神力が大事

 今回女性チーフ・エンジニアの代表として登場してくれた、
最近PA業界でも女性が増えてきていると言うが、体力的な問題など実際のPA現場の働きやすさはどうなのか? 早速話を聞いてみよう。

●PAエンジニアになろうと思ったきっかけは何ですか?
○ライブを見に行くのがすごく好きで、ライブにかかわる仕事ができたらいいなあ、と思っていて、特に音響の仕事に引かれたからです。
●PAの専門学校には行かれていたんですか?
○はい。2年間行っていました。そのときからPAのアルバイトを始めて、最初は原宿にあるロサンゼルスという貸スタジオで、
次に新宿のロフトで働きました。ロフトでは1年半ほど働いて、それから今の会社に入りました。
●休日はどのくらいあるのですか?
○休みは月に6回でバラバラですね。
●この仕事をやっていてよかったなと思うことは?
○やっぱり、ミックスをしているときに、うまくまとめられたときは、自分でも満足感がありますね。
あと、モニター・エンジニアをやっているときに「すごくやりやすかった」と言ってもらえたときとか、バンドの人が喜んでくれたときですね。
●体力的には大変じゃないですか?
○それほどでもないですよ。小屋付きだから続いているのかもしれませんね。
PA会社とかホール専属だと大きいスピーカーを毎日搬入しなきゃいけないじゃないですか、それが無いので。
●女性だと上の人に怒鳴られたりするのはつらくなかったですか?
○あ、でも意外と男の子の方がすぐに辞めちゃうんですよ(笑)。だから女の子の方が多いくらいでしたよ。
せっかく専門学校を出て働き始めても、上の人に怒鳴られて「もうPAはいい」って他の仕事に変わっちゃった人が何人もいましたから・・・。
●PAスタッフになるには何が必要だと思いますか?
○やっぱりやる気と体力が必要だと思います。
●PAエンジニア志望者に向けてアドバイスやこの仕事の魅力を教えてください。
○定期的な採用は無いと思うので、自分で行動を取っていくしかないと思います。だれか辞めないとスタッフに空きが出ないので、
まめに自分で連絡を取るなり、通うなりして、履歴書を送っておいて空きがでたら連絡をくださいとアピールするとか。
あと、小屋によっては、ひどい怒鳴り方をする上の人もいるので、そういうことに負けない精神力も必要です。
すぐにあきらめないで、いつか必ずできるんだと自分を信じてがんばっていってほしいですね。
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PA会社所属エンジニアに聞く
憧れのアーティストと仕事をする機会に巡り会える

そのきさくな性格で、1日密着取材にも快く応じてくれた 取材当日も朝8:30から
22:00過ぎまで仕事という、実にハードな1日を送っていたが、そんなPAエンジニアという職業についてどう考えているのだろうか?

●PA業界に足を踏み入れたきっかけは?
○本当は楽器をやりたかったんですが、高校のとき、たまたまPA会社の人と知り合って、よく分からないまま手伝いを始めたのが最初ですね。
しかも、当時はバイト代もほとんどもらえなかった(笑)。でも、大学に入ってからも現場の手伝いは続けていて、
“PAやりたいな”って思い始めたので、卒業と同時にPA会社に入りました。
●PA歴はどのくらいなのですか?
○20年くらいですね。今までやってこれた理由は、やはりいいミュージシャンといい仕事をする機会が多かったことが挙げられます。
例えば、学生時代にLPで聴いてたようなアーティストが、目の前でプレイする機会にも巡り会うことができたりするわけですからね(笑)。
●機材の搬入などの力仕事は大変ですよね?
○機材を運んだりするのはいつまで体力が持つかなって感じですね(笑)。僕はもともと体が丈夫な方じゃないんですが、運良くここまでやってます。
でも僕の周りでは、この業界に入ってすぐ辞めていく人は数えるほどしかいませんよ。
●PAを目指すひとに必要なことは?
○朝に強くなければならないっていうのは最低限ですね。とにかく現場に行く、確実に行くっていうことができないとダメ。平気で遅刻する人は無理です(笑)。
●実際にPAになるにはどの方法がお薦めですか?
○やっぱり現場で学ぶのが早いですよね。例えて言うなら、教習所の学科教習、つまり専門学校で習う知識を身に付けただけじゃ車は動かせないし、
逆に車は動かせても交通法規が分からないとダメじゃないですか。だから、両方うまく取り入れるのが一番いいんですけど、
取りあえず現場に出ちゃえば、学科教習的な部分も少しずつは分かっていくと思いますね。
●PAで上を目指す際に大切なことは何だと思いますか?
○自分で考えて行動してみることですね。指示を待ってるんじゃなくて、“次はこうした方がいい”って考えながら作業していけば、
きっとうまくいくと思います。僕らがPAを始めようとしたころは、ミュージシャンはたくさんいたけど、PAをやる人間は少なかった。
だけど、今は専門学校もあるし、PA会社もたくさんあるし、業界人口も多い。だからその分、人よりも頑張っていかなければならないと思いますね。


フリーランス・エンジニアに聞く
仕事を選べるからこそフリーだと思う

 最後に、どのPA会社にも所属せず、フリーで活躍しているPAエンジニアにも話を聞こう。
ここで登場するのは、あがた森魚やピチカート・ファイヴからスケボーキングまで、さまざまなライブPAを手掛けてきた。
あえてフリーを選んだ彼のPAエンジニア観に迫ろう。

●どういういきさつで、PAエンジニアになろうと思ったのですか?
○単にPAに興味があったので、“やろうかな”って感じで(笑)。高校のときにバンドをやっていたんですが、
学園祭とかで頼んでいたPA屋と付き合いがあって、バイトみたいな感じで手伝ってるうちにそのまま入社したんです。
ただ、会社に勤めていたのは3年くらいでしたね。
●その後、なぜフリーになったのですか?
○単純に集団で動くのが苦手だったんですよ。それに型にはまったことをやりたくないし、やっぱり好きな音楽のミックスをやりたかった。
会社に所属していると、与えられた仕事は全部こなさなきゃならないわけですから。
仕事は選んでたらいけないんだけど、選べるからこそフリーなわけで、そこを両立できるかどうかですよね。そこは常に闘ってますよ。
●フリーでやっていくのはやはり大変ですか?
○運よく僕はフリーで10年続いてますけど、営業から何から全部自分でやらなきゃならないので、フリーはお薦めできませんね(笑)。
仕事が無いときは1ヶ月くらい暇なときもあるし、かと思えばものすごく忙しいときもあります。生活はかなりいっぱいいっぱいです(笑)。
●ではPAを続ける魅力は?
○アーティストが気持ち良くプレイしてるなって思ったとき、それにオレ自身も気持ちいいなって実感できる瞬間ですね。
何より客が楽しんでくれてるのが一番で、後でうまい酒が飲める(笑)。結構打ち上げとかもポイントだったりしますね。
●PAにはどういう人が向いていると思いますか?
○まず基本をしっかり勉強しようと思う人ですね。例えばPAスタッフになったら、すぐにチーフになれると思っている人がいたりするんです。
でも現場に出たら、それ以外のPAの作業も全部こなしていかなきゃいけないんですよね。
ミックスの仕方には正解は無いと思うんですが、それまでの基本的なプロセスをしっかり覚えられる人じゃないと。それを下積みと思うかどうかですよね。
日々勉強だと思います。
●最後にPA志望者へアドバイスをお願いします。
○“やりたい”と思う気持ちが大切ですね。やってみて、失敗があっても“楽しい”って思ってほしいですね。
失敗は付き物ですから。強い意志を持っていれば、絶対なれますよ。


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